松山市出身。カンボジア・公共事業運輸省アドバイザー、久米秀俊さん(60歳)②

カンボジア在住4年の久米さんのインタビューです。
前回のインタビューはこちら

カンボジアで働くことの苦悩ややりがいとは?

カンボジアで仕事をする上で、やりがいや大変なことを教えてください。

海外の仕事の長所は、まさに“求められている”ということだと感じます。
カンボジアでは現在、運輸・物流インフラ整備や行政制度改善が必要となっていますが、その求められることに携われることが、自分にとって喜びでありやりがいになっています。

一方、大変だと感じる点も多々あります。
カンボジアは大の親中国の国です。日本が企画し、計画し、調査まで進めていたのにも関わらず、先に中国が実施してしまうといったケースも起こります。

例えば公共バスプロジェクトをとってみても、日本の支援は、単にバスを供給するだけではないのが特徴です。
実際にバスをどうやって運行すればいいのか、利用者にとってより使い勝手の良い快適な方法は何か、採算性をどのように確保するかなどを考え、人材育成や制度改善をセットで技術協力プロジェクトして行うのが日本のやり方です。
中国のバスが既に導入されている中で、来年には日本のバスも約80台導入されます。

中国バスの運行状況も踏まえつつ、公共バス全体をどのように運行していけばいいかを提案していきます。
ただものを提供するのではなく、いかに活用するか、カンボジアの人々が自分たちでやっていけるようにしていくにはどうすればよいかまで考えます。

中国による道路整備プロジェクトの中には1年たたないうちに既に壊れてしまったということも発生しています。
しかし壊れた後の補修はカンボジア政府の公共事業運輸省が担い、カンボジア国内の予算で対応するしかありません。

結局は維持管理にお金がかかるため、公共事業運輸大臣が中国に対して品質を重視する日本に学べと言ってくれました。
その結果、中国もいよいよ日本式の技術協力の導入に向けた動きを見せており、日本のやり方を学ぼうとしているようです。

反対に中国の良い所は、短期間で壊れたと大臣から指摘を受けた際に、迅速に補修、改良をおこなうことです。
日本は中国に対し品質が悪いと批判しますが、迅速に大規模な改修を行うというそのスピード感は日本が学ばないといけない所だと感じています。
日本のJICA本部では、様々な国を相手にしているため、順番もあり手続きにも時間がかかってしまうのが現状です。

今回、プノンペンとシェムリアップなどカンボジア国東部とを結ぶチョロイチョンバー橋(通称・日本橋)を大改修しますが、日本橋の横に中国橋があることで、今回大改修できると思っています。
最近JICAと在カンボジア中国大使館がカンボジアへの支援について意見交換会を始めたように、お互いに勉強していかなければいけないと感じています。

愛媛県の中で訪れたい場所はどこでしょうか。

愛媛県の中では、小学校5年生の時に住んでいた久万高原町が貴重な思い出となっています。
雪が降り、スキーが体育の授業に入っていました。愛媛県の中でも特に自然が溢れているのが魅力的だと思っています。

愛媛県って独特ですよね。
人も穏やかで、皆、人付き合いを大切にします。どんな場所でもうまく協調できる部分があり、愛媛に生まれた誇りだと感じています。
私の実家が今治、妻の実家が松山なので、現在も日本に帰ったときは必ず愛媛を訪れています。

学生時代の部活動について、教えてください。

中学校は愛媛大学附属中学校で、軟式テニス部に所属していました。
高校は松山東高校に入学し、初めはコーラス部に所属しました。
しかし当時、(竹下景子主演の)『けんかえれじい』という学園ドラマを見て、体育会に入ってもっと男らしく強くなりたいと感じ、ラグビー部に転部しました。
松山東高校は旧姓松山中学であり、正岡子規の母校でもあります。
松山東高校に商業科があった時代の昭和25年には、甲子園の全国大会で優勝している高校です。

途中から転部した東高ラグビー部は、3年生部員が13人いて、仙波キャプテンシーの下、当時県内でも有数の強さを誇りました。
新人戦と総体では愛媛県で優勝しています。九州大学に入学後も、ラグビーを続け、結局大学卒業時まで続けました。

東校は『東校頑張っていきまっしょい。』『がってんしょい。』という掛け声が有名で、今でも受け継がれています。

その掛け声を作ったのは、実はラグビー部の監督だった東高体育教諭高橋俊三先生でした。
私自身は『頑張っていきまっしょい』の掛け声が出来てから、約10年後に東高に入学しましたが、ラグビー部だけでなく、他の部活でも、そして体育の時間でも気合い入れに使われるようになっていました。

ついつい口癖になった私は九州大学ラグビー部でもその掛け声を発し、周りから唖然とされたこともありますね(笑)。
ボード部を描いたドラマ『頑張っていきまっしょい』は、東校のボード部が有名だったこともあり、ドラマ化され、撮影も堀江の海岸で行われたようです。

また、東校では学祭において、黒潮、紅樹、青龍、紫雲という4つのグループ分けを行っていました。
他の高校では一般的に色別だったと思いますが、東校ではあえて色を含んだ熟語をグループ名にしていたのです。
それも今でも受け継がれている伝統です。
体育祭でグループ毎に分かれやぐらを組んだりしたことは今も忘れられず、グループでの活動は卒業後も同級生の間での話のタネになりますね。

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