松山市出身。東京・エコノミスト、高瀬美帆さん(26歳)①



『語学を活かして仕入れた情報を、日本の皆さんに分かりやすく伝えたい』

 

高瀬美帆さん(26歳)※取材時の年齢

  • 愛媛県松山市出身
  • 5歳までの香港生活がきっかけで、語学の楽しさに気付き、小学4年生で英検2級を取得する。
  • 愛光中学校 ⇒ 愛光高校 ⇒ 慶應義塾大学 ⇒ 東京大学大学院 ⇒ 銀行系シンクタンクという輝かしい経歴を持ちながらも、ご本人はディズニーをこよなく愛する可愛らしい女性。
  • 現在は、これまで培った英語・中国語を生かしてアジア経済の研究・発表を行うなど、経済の最前線で大活躍をしている。

シンクタンク:種々の分野の専門家を集め、国の政策決定や企業戦略の基礎研究、コンサルティングサービス、システム開発などを行う組織。頭脳集団。
(引用元:https://kotobank.jp/word/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%AF-537065

幼いころから勉強してきたことが活かされた

あゆみ
どんな子供時代でしたか?
美帆
5歳まで父の仕事の関係で香港に住んでいたんです。その時にCan I have a candy, pleaseって言ったらお菓子を貰えることがあって、子供ながら英語が話せると便利だなと思っていました(笑)

また物心ついた時から、家のTVではディズニーの英語音声が流れていたんです。そのためプリンセスに目をキラキラさせていたら、いつの間にか英語に触れていた環境でしたね。
それもあってか、英語が昔から好きで。帰国後も英会話スクールに通っていました。

あゆみ
わー、当時から勉強が好きだったんですかね。
また美帆ちゃんは中学受験をしたんですよね?愛媛では受験って珍しいと思うんですが、何かきっかけがあったんですか?
美帆
全然そんなことないんですよ(笑)実は小学5年生のときの成績は、クラスで下から3番目。母が驚いて、優秀な友達が通う塾に行かせたくらいです。

しかし受験のきっかけになったのは、まさに塾ですね。そこでは出来ないと先生が怒るんです。そのため最初は嫌いでしたが、次第に友達に会いに行くようになり、楽しくなりました。

なので、中学受験をしたいというよりも『塾のみんなと一緒の学校に入りたい』その想いでしたね。
しかし、小学生ながら塾の友達と夜11時まで勉強をしていたのは覚えています。

あゆみ
ええ!元々出来るタイプだったわけではないんですね。
実際、中学に入学されてどうでしたか?
美帆
テストの度に順位が張り出されたのがびっくりました(笑)子供ながらみんな頭が良いんだなと感じましたね。実際に、全国から頭の良い子達が集まっていましたし、中学のためにお母さんと松山に移り住んでいた子もいました。

一方私はといえば…相変わらずディズニーが好きでしたね(笑)コンサートに行ったり、家で映画のフレーズを丸暗記したり。しかしそれが功を奏したのが、英語は学校でも唯一順位が良かったんです。
出来ると楽しくなるので、英検やTOEICの勉強もするようになりました

あゆみ
ディズニーとか、好きなことと結びつけてするのが伸びるコツなんですね。
中学時代に思い出に残ったことはありますか?
美帆
中2の夏休みで、1週間アメリカに行ったことです。松山市が行っている中学生向けの海外派遣制度でしたが、姉妹都市であるカリフォルニア州サクラメントに滞在するほか、ロサンゼルスのディズニーランドにも行けるプログラムでした。

ディズニー好きの私としては、絶対に受かりたいと思っていましたね(笑)募集枠は学校から1名だったので選考に参加しました。

倍率は高かったんですが、小学4年生のときに取得した英検2級 やTOEICなどこれまでの英語の勉強が活きましたね。今でも当時のホストファミリーとは連絡を取り合う仲なんですよ。

あゆみ
ここでもディズニーパワーが発揮されました(笑)!当時、将来の夢はありましたか?
美帆
これというのはありませんでしたが、放送に興味があったので、マスコミの仕事をしたいとは思っていましたね。あとは英語を活かしたいなと。

そのため放送委員会に入って、学校行事の撮影や体育祭のアナウンス、作品制作をしていました。どちらかというとアナウンスよりは、取材をしてモノを作るのが面白かったです。

それもあってか高校生の時は俳句愛好会を立ち上げて、俳句甲子園にも出場しました。俳句も17文字のモノ作りです。松山に育ったので小さい頃から俳句には親しんでいましたしね。

あゆみ
中高6年間だと、勉強以外にも色んなことに思いっきり打ち込めるんですね。その後慶応大学に指定校推薦で入学していますが、受験はしなかったんですか?
美帆
元々受験をする気でしたが、高校3年生の夏休みに勉強のし過ぎで具合が悪くなったんです。
不安で夜通し勉強して、2時間仮眠して学校に向かう。ストレスですよね。当時のお医者様に「今年の受験は厳しいかもしれない」と言われた時に、指定校推薦の話を聞き「そういう手段もあるんだ」と思ったのを覚えています。

推薦では、学校の勉強ももちろんですが、それ以外に何をしたかが大事なんです。この時も、幼い頃から英語の勉強を続けたことが活きました。中学のときに英検準1級を取得したことや半年でTOEICの点数を倍に上げたこと、また俳句や放送委員会での制作活動についても話しましたね。

その結果、指定校推薦で慶応大学の法学部政治学科に入学しました。ここを選んだのはマスコミに強かったからです。

外に出ないと気付けないことばかりだった

あゆみ
東京の印象はいかがでした?
美帆
実は、中学に入ったとき以上のカルチャーショックを受けたんです(笑)東京には、帰国子女や国連英検を持っている子、第3言語までペラペラな子など、英語が出来て当たり前の子がたくさんいるんですよ。
推薦で話した英検準1級についても「私だったら、恥ずかしくて資格に書けない」って言われました(笑)これは東京に出ないと気付かなかったことです。

そのため大学では、さらに語学の勉強を頑張りましたね。中国語も学び始めたので、語学だけで普通の学生の2倍の授業を受講。友達からは「語学部だね」と言われていました。

あゆみ
東京怖い(笑)でも、確かに多彩な人は多いですよね。
大学で頑張ったことは何かありますか?
美帆
これも大学3年生の時に、アメリカに1年間交換留学に行ったことですね。慶応では語学と並列してアジアの政治や民俗学を勉強していたため、アジア人じゃない人達がアジア人をどう見てるんだろうと興味があったんです。
カリフォルニアはアメリカで一番アジア人が多いため、アジアの勉強がさかんなんですよね。そこでUCサンディエゴでアジア太平洋学を勉強しました。現地ではアメリカ人2人、留学生2人でシェアハウスに住んでいましたね。

ちなみに、交換留学制度を使ったので、休学の必要は無く4年で卒業することが出来ました。選考では TOEFLの点数、学校の成績、志望動機、面接で評価されましたよ。

あゆみ
アメリカの大学と日本の大学で違うことはありますか?
美帆
勉強量が全然違いましたね(笑)各授業ごとに宿題が出るんですが、毎回100~200ページの本を読むんです。慣れるため、初めの3か月間は本しか読んでいませんでした。現地の人は普通にこなしていたので、「着いていかないと」という焦りもありましたね。

その他に日本と違ったのは、授業数が3分の1だった代わりに1コマが2時間と長めだったことです。同じ科目が週に何回もあるので先生とも仲良くなりました。

あゆみ
やっぱり、アメリカの大学生は勉強するんですね。勉強以外のことも何かされていたんですか?
美帆
模擬国連に入ったり、またアメリカならではの授業を受けたいとゴスペルやパブリックスピーキング、アクティングの授業も取りました。

ゴスペルでは、楽譜や歌詞カードは一切使わずに先生が歌っているのを繰り返したり、パブリックスピーキングではオバマのようなスピーチを目指したり。
またアクティングでは、実際ブロードウェイにでてる先生から英単語1つだけで色んな感情を表現する方法を学びました。

真似をすればいいので、英語国以外から来ている人にもフレンドリーなんです。友達と一緒に出来るような授業の方が英語力は伸びた気がしますね。

新しいことや知らない世界を知ることが好き

あゆみ
へー!それは面白そうですね。確かに日本の一般的な大学にはないかも。留学で何か変わりましたか?
美帆
留学での大きな変化は、進路を変えたことですね。

実は、その時までは専攻である政治にそこまで興味がなかったんです(笑)
しかし留学中に、こういう政治があったから経済が発展したんだよという、政治と経済の相関関係を学びました。今までは政治単体で見ていたから面白くなかったけど、他の分野とも融合して勉強すると面白いんだと気付いたんですよね。そのためもっと勉強したいなと思いました。

また留学前に、将来アジア開発銀行(ADB)で働きたいと思い、インターンシップの説明会に行ったんです。その時に大学院生じゃないと受け付けていないと聞き、大学院という進路を考え始めたのもあります。

あゆみ
それで東京大学の大学院に行ったんですね。
美帆
東大の公共政策大学院に、キャンパスアジアコースといって日中韓の大学に行きながら東アジアについて学ぶという研究室があり、そこに入りました。

留学中は海外の大学院も検討していましたが、体力的に難しいなと思ったのと、キャンパスアジアコースでも海外留学が出来るとのことで志望しましたね。4年生の夏に帰国し、2か月後に大学院の試験を受けるスケジュールでした。

4月入学の方は日本人がほとんどでしたが、東大内部から入学した人が半分、他は国連や海外の仕事を視野に入れている学生さんが多かったです。対して9月入学では、海外の省庁や中央銀行に勤める外国籍の社会人の方が多かったですね。

あゆみ
へえー!海外の方もいるとなると、共通言語は英語なんですか?日本の大学院でも。
美帆
はい、それもあって大学院の最初の半年は毎日泣いていたんです(笑)
授業内容も難しい上に、授業は全て英語。特に入学当初は勉強についていくのが必死で、友達ともあまり遊んでいませんでした。寮母さんと話す以外は常に英語だったので、自分で選んだとはいえ辛かったですね。

変わったきっかけは、尊敬している先生のTA(ティーチングアシスタント)になったことです。
TAは選考を経て一番優秀な人がなることが多いんですが、私はどうみても優秀ではありません。しかしTAになることで心構えが変わり、授業内容も分かるようになりました。

英語力については、留学中よりも東大での1年の方がはるかに伸びたと思います(笑)
また2年目では、韓国の大学に6か月、中国の大学に6か月間留学して、現地で学びました。

あゆみ
美帆ちゃんのこれまでって常に勉強が隣にあるイメージです。でも、辛いと思いながらも勉強するモチベーションって何でしょう?
美帆
うーん、知的好奇心が旺盛なんですかね。
気になったことがあると昔から両親に「なんで?」って聞いていたので、なんでなんでマンって言われていました(笑)
なので「勉強好きなんだね」と言われますが、テストの勉強は大嫌いなんですよ。新しいことや知らない世界を知ることが好きなんですよね。

勉強と常に隣り合わせの学生時代を過ごした高瀬さん。
「新しいことを知るのが好き」という好奇心と、ハイレベルな環境に飛び込んだ故の焦りがあったのかもしれません。

インタビュー後編では「シンクタンクって何?」という素朴な疑問から、今後のビジョンまでわかりやすく語ってくれています。
お楽しみに!

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