兵庫県出身。松野町・地域おこし協力隊、岸本有希さん(27歳)①



都会から田舎に移住して始めた地域おこし協力隊としての活動

岸本有希

岸本 有希さん(27歳)※取材時の年齢

  • 兵庫県神戸市出身
  • 短大卒業後、神戸にて6年間児童館で勤務
  • 2017年より地域おこし協力隊に加入し、現在も松野町で活躍中

2018年3月に東京にて開催された春の香りマルシェ #森の国 松野町ってどこなん?で、地域おこし協力隊の一員としてイベントを一緒に盛り上げてくれた岸本有希さん。
神戸から松野町へ移住し、地域おこし協力隊としてのキャリアを歩む岸本さんに『移住に至った経緯協力隊と出会うきっかけ』などを聞いてきました。

角田
3月のイベントでは、大変お世話になりました!
その後、松野町での反応などいかがですか?
岸本
バイヤーさんと膝を突き合わせてお話しすることができたり、松野町のことを知らなかった方にじっくりと魅力を伝えられたり、今までにない達成感のあるイベントでした。
私個人としての想いは、ああいう形のイベントはまたやりたいと思っています。
角田
ヒメセカとしても初めての試みでしたが、会場に来てくれた方々、そして松野町さんに喜んでいただけて何よりです。
岸本
「松野町だけで東京でイベントをやる」。
ここにはハードルがいくつもありましたが、ヒメセカさんの力をお借りして形にすることができました。
色んな自治体が参加する大きなイベントではなく、松野町を全面に押し出したイベントをやれて、松野町の魅力を詰め込んだイベントになった気がします。
東京だけじゃなく色んな土地でやりたいです!
角田
ヒメセカも拡大させて大阪支部や愛媛支部などができると、そこでもまだ一緒に開催できますね!
あゆみ
岸本さんはすでに松野支部です!笑

インタビュー風景

漠然とした将来への不安と、協力隊との出会い

角田
いつまで神戸に住んでいたのですか?
岸本
昨年協力隊として松野に来るまで、ずっと神戸でした。
短大卒業後、6年ほど児童館で働いていたのですが、その間もずっと神戸です。
角田
そこから、なぜ地域おこし協力隊に加入するに至ったんですか?
岸本
児童館で6年ほど働いていて、その仕事もやりがいはあったのですが、「このままここで働き続けても何も変わらないよなあ」と漠然と思っていたのです。
短大卒業時に地域おこし協力隊の存在を知って当時少し調べていたのですが、6年間で感じた不安を機に地域おこし協力隊を本気で考えるようになりました。

地域おこし協力隊として松野町に行くと決めるまでの経緯

角田
地域おこし協力隊としてやっていきたいと考えたとき、愛媛でやりたいという気持ちは元々あったのですか?
岸本
いや、西のほうがいいなという程度でした。今まで行ったことあるのが今治だけで、そこぐらい無縁の土地です笑
協力隊のことを再度調べ始めたときに、愛媛県の説明会がたまたま大阪で開催されていたので、「まずは話を聞いてみよう!」と思って行きました。
角田
愛媛県内の色んな市町で協力隊の募集があると聞いています。
その中で松野町に決めたのはどういう流れだったんですか?
岸本
その説明会でも色んな市町のブースがあって、現役の協力隊の方の話を聞きたいと思ってブースを回っていました。
中でも松野町は現役の女性の方が話をされていたので、話を聞くことにしたのです。
その女性の方の話を聞いて、「あ、行ってみたいな。」と思いました。
角田
なんか、話がスルスルと進んでいますね笑
岸本
そうなんです笑
松野の方も「まず松野に来てみいや」というスタンスだったので、その説明会の約2週間後にお邪魔しました。
そこでも現役の協力隊のお話を聞いたり街案内をしていただいたのですが、私たちのために“おもてなしの会”を開いてくれたんです!
あゆみ
すごい!松野っぽい!
岸本
その時に軽トラ1台分ぐらいの小さなお店が出ている”軽トラ市”が開催されていたり、宇和島水産高校のフィッシュガールも来ていました。
街の雰囲気もすごく良かったし、松野の人も暖かい人ばかりだったので「ここに住んでみたい!」という気持ちが芽生え、松野町に応募しました。
合格して、晴れて松野町の地域おこし協力隊になったという運びです。
角田
最初は愛媛や松野に対してあまり知らなかったけど、松野の街並みや人の暖かさに触れて「ここでやってみよう」という想いが芽生えたということですね。
岸本
そういうことですね。

活動中写真1

決断までの葛藤と人生の巡り合わせ

角田
神戸でずっと育ってきて、なぜ地域おこし協力隊になる、そしてなぜ地方へ移住するという決断ができたのですか?
岸本
元々行動できる人ではなかったし、即断即決できる人でもありませんでした。
ですが、移住したい、協力隊になりたいという気持ちがあったので、パパッと決めました笑
角田
それを即断即決と言うんです笑
移住したい、協力隊になりたいというのは何故だったんですか?
岸本
地域の中に自ら入って、地域を活性化させるという協力隊の活動に元々興味があったんです。祖父母が兵庫県内でも田舎のほうに暮らしていたので、そういう場所が好きっていう気持ちはどこかにありました。
そういう決断ができたのは、将来への漠然とした不安と、地方暮らしへの興味と、以前調べていた地域おこし協力隊にやっぱり入りたいという気持ちが重なったからだと思います。
角田
岸本さん自身にとってそういう決断のタイミングだったんでしょうね。
岸本
そうかもしれません。

活動中写真1

なんとなく感じていた将来への不安と、元々自分の中に抱いていた興味から“地域おこし協力隊になる”という決断をした岸本さん。
その岸本さんを暖かく受け入れくれた松野町があるからこそ、一歩を踏み出せたのかもしれないと感じました。
協力隊としての活動と岸本さんが描く自身の将来像について、次回掲載します。

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岸本有希

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