四国中央市出身。東京・ナレーター、コーイチさん(32歳)①



ただなので、自分のやりたいようにやろう


コーイチさん(32歳)※取材時の年齢

  • 愛媛県四国中央市出身
  • 高校まで愛媛で過ごした後、名古屋へ。働きながらナレーションの専門学校に通う。
  • 現在はフリーランスのナレーターとして、朝の情報番組など、全国番組で大活躍。
あゆみ
全国番組でナレーターとして活躍する、コーイチさん。色んな番組に出られているので、お声を聞いたことのある方も多いのでは?
「ナレーターってどんな仕事?」「声のお仕事につきたい」そんな方にぜひ見て頂きたいです。
四国中央市のご出身なんですよね。どんな学生時代だったんですか?
コーイチ
高校まで四国中央市だったんですが、スポーツ少年でしたね。体を動かすのが好きだったんですよ。小学校の頃は、親の影響で野球、中学では先輩に誘われてバドミントンをしました。
高校では、放送部に入っていた時期もあったんですが、割とのんびりした部で。体育会系に慣れていたので、高1の終わりくらいに辞めてからは帰宅部でしたね。
あゆみ
ナレーターの仕事って、そんなに身近ではないかと思うんですが、意識したきっかけってあるんですか?
コーイチ
中2だと思うんですが、バドミントンの米倉かなこさんっていう方のTV番組を見たんですよね。当時バドミントンって今よりもさらにマイナー。ただ、日本選手はベスト8ですごいって言われてた中、その方はアジア大会で優勝したんです。

「バドミントンだ、録画しよう」くらいの気持ちだったんですが、その番組ですごく感動をして。こういう風に人に感動を与えたり、心を動かす仕事って素敵だなって思いました。

あゆみ
そこからナレーターの道を志したんですか?
コーイチ
いえいえ、当時はそんな仕事も良いなって思ったくらいで…声の仕事を意識したのは中3の時ですね。
親戚からコンポを貰ったので、勉強をしながらラジオを聞いてたんです。それで、ラジオドラマにすごいはまって。

NHKFMかな?夕方か夜に毎日放送する15分番組で、物語も面白かったんですが、声だけで表現できるのが面白いなあって。その時に、声の専門の仕事があるんだって、興味があるなって思いました。


(愛媛の学生時代からの友人たちと、みんな野球が大好き笑)

進学をしないという選択、きっかけは友人の言葉?

あゆみ
その2つの番組が無かったら今のコーイチさんはないわけですよね。面白い!ナレーターって専門職だと思うんですが、進学とか勉強ってどう考えられてたんですか
コーイチ
高校では、大学進学が当たり前の環境だったので、普通に勉強していましたね。進路も、とりあえずに大学行くかくらいで。ただ、「声の勉強するなら、大学に行きながら演劇とか?」とは漠然と思っていました。

そしたら友達が、「声の仕事だったら、そういう専門学校があるし、直接行ってもいいんじゃない?」って言ってくれて。これまで進学ありきで考えていたんですが、「その方が手っ取り早いな」って思うようになりました。

あゆみ
ご両親の反応はどうでした?びっくりされませんでした?
コーイチ
親は反対してましたよ(笑)「大学に行きなさい」って。なので、大学は受験したんですが、専門に行く気だったので、身が入らなくて落ちました。親には反対されていたんですが「自分でお金貯めていけば、何も言われないな」って。

ちょうど、トヨタが期間工を募集していたので、高校を卒業して名古屋に行きました。地方から出稼ぎに来ている人も多かったので、寮もあって。結局、1年半くらい勤めたんですが、お金も貯まりましたね。


(名古屋時代、世界の山ちゃんでバイトしてた頃からの友人たちと)

働きながら、専門学校に通う日々

あゆみ
そこからナレーターの専門学校に行ったわけですね?
コーイチ
いや、実は勤めて半年くらいで、名古屋のナレーター・声優の専門学校に入学したんですよ。秋入学ってやつですね。週に1回ですが、働きながら学校に通っていました。専門学校に通ったのはトータルで1年半です。

その中で、名古屋に事務所を持っていた先生がいて。気付いたら、研修生を経てそこの事務所の所属になりましたね。ただ、入ったはいいけど、仕事があるわけじゃない。ボイスサンプルを作って、それを元に事務所が売り込みに行ってくれていました。

あゆみ
トヨタで働きながら、ナレーターの仕事もしていたんですか?
コーイチ
オーディションとか仕事って、平日に突然入ったりするんですよ。トヨタだと急に休めない。なので、トヨタを退社して、19歳で声の仕事を始めました。

当時は番組の仕事って少なくて、企業様のCMやビデオなど、ほぼ単発でした。なので、それだけでは食ってはいけない。それこそ、飲食、日雇い、イベント系、テレアポ、量販店とか外回りの営業っていうバイトを掛け持ちしながらでしたね。

あゆみ
そこから、東京に拠点を移したのはどのタイミングですか?何かきっかけがあったとか?
コーイチ
結局、東京に来たのは25歳ですね。元々、東京には行きたいなと思ってたんですよ。名古屋にゆかりはなかったですし、名古屋での仕事が流れるのは東海エリア、中部地方に限られるのがほとんど。
ただ、21歳くらいの頃、先輩の男性ナレーターが業界を辞めるから、レギュラーを引き継がないかっていう話がありました。事務所の社長から、「やるなら3年は名古屋にいろ」って言われて、結局やることにしました。

でも、東京って言う選択肢は忘れられなくて、東京のナレーターのことを調べてたんですよね。
そしたら、あるナレーター事務所がやってるメルマガで、そこの事務所が東京でスクールを開くっていうお知らせが流れてきて。そこは養成機関とは違うから、そのまま事務所に所属できるわけではない。逆に自分は事務所に所属していたので、それが良いなと思って。1年くらい、毎週名古屋から東京に通っていました。そこは、番組のナレーションなど初めてのことも学びましたね。

スクールのために、毎週名古屋から東京へ

あゆみ
毎週!でも、東京にまで毎週通って、東京で活動する想いは増していきますよね。
コーイチ
名古屋でこの先、目に見えて良くなるとは思えなかったんですよ。なので事務所の社長に、「辞めて、東京行きたいんですけど」って言ったら、「名古屋で売れてないのに、東京では無理だ」って。そりゃそうですよね(笑)ただ、「分かってるんですが、そうしたいです」って、そこから事務所をやめることになりました。

そしたら、東京のスクールを運営している事務所のマネージャーさんが、「東京でオーディション受けてみる?」って言ってくれて。池上さんが出てる東日本大震災の半年後の特番だったんですが、学校に行くついでにオーディションを受けたんです。そこで、初めての全国番組の仕事が決まりました。

あゆみ
わー、おめでとうございます!全国番組だからご両親も見られますもんね。
コーイチ
そうですね、名古屋の先輩からも「行って良かったね」って言われました。今は名古屋の事務所の社長も応援してくれていて…年に1回、名古屋で続けている仕事もあります。

中学時代に興味を持った仕事につくため、大学進学をせず、働きながら夢を追いかけるという選択をしたコーイチさん。
甘くない。しかし大変な時期を経験しながらも、全国番組に出演されるまでになりました。
次回、東京での快進撃のきっかけや、事務所に所属しない理由など。また、ナレーターと声優の違いについても、たっぷり語って頂きました!

🍊スポーツ番組向けのボイスサンプル。(再生ボタンを押すと音声が流れます)🍊
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